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東京高等裁判所 昭和26年(う)3102号 判決

控訴人 被告人 伊久美謹爾 良知武男

検察官 軽部武関与

主文

被告人良知の控訴は之を棄却する

原判決中被告人伊久美に対する部分を破棄する

被告人伊久美を罰金四万円に処する

右罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間被告人伊久美を労役場に留置する

原審に於ける訴訟費用中証人高田廉に支給した部分を除くその余は被告人伊久美の負担とする

理由

被告人両名の弁護人の控訴趣意は末尾添付の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであつて之に対して当裁判所は次のように判断する

第一点について

原判決が被告人伊久美に対する犯罪事実の摘示としてその第二の(二)及び(三)において夫々所論摘録の如く判示し右各事実に対し夫々公職選挙法第二百四十三条第五号第百四十六条を適用したことは所論のとおりである。しかし右事実摘示と法令の適用を対照するときは原判決は被告人伊久美の右第二の(二)の杉本久一外合計約二百六十五名に対し直接又は人を介し文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為として原判示制限外文書を各一枚宛頒布した行為及び原判示第二の(三)の鈴木祖光外合計三十名に対し直接又は人を介し同文書一枚宛を頒布した各一連の行為を夫々包括的に前記法条違反の各一罪と認定判示し且つ右第二の(二)及び(三)の各罪並びに他の原判示第二の(1) 及び第一の(一)の各罪即ちこれら四つの罪の間に刑法第四十五条前段の併合罪の関係あるものとして相当法条を適用したものであること判文に照して明白であつて前記原判示第二の(二)又は(三)に摘示する杉本久一外合計約二百六十五名又は鈴木祖光外合計三十名の各一人一人に対し一枚宛頒布した個々の行為をいずれも夫々独立の一罪とし、且つそれらの個々行為の併合罪と認定判示したものでないこと明らかである。そして連続犯の廃止せられた現行刑法の下にあつても原判示第二の(二)及び(三)のような事実関係においては各被頒布者の数に応ずる各独立の前記法条違反の罪を認むべきでなく被害法益の単一、その他個々の頒布行為の間の関係特にそれらが同一機会を利用した単一の犯意の発現たる一連の動作に過ぎない等の点に鑑みるときは右(二)及び(三)を夫々包括的に観察し右法条違反の各一罪と認定するのが相当である。然りとすれば原判決が被頒布者の一人一人につき逐一その氏名を挙げ且つ各その頒布の日時場所を各別に特記することなく、包括一罪と認定した一連の行為につき犯罪の日時としてその始期及び終期を明らかにし、犯罪の場所としてその主要なもの数ケ所を列挙し、個々の被頒布者の氏名数名を具体的に掲げた上外何名と判示するだけであつても包括一罪を構成すべき罪となる事実の摘示としては何等欠けるところなく原判決には所論指摘のような理由のくいちがいはないと謂わねばならぬ

(その他の控訴趣意は省略する。)

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 坂本謁夫)

控訴趣意

第一点原判決は理由にくいちがいがあつて、此の点から破棄せらるべきものと信じます。

原判決は其の理由第二に於て(二)被告人伊久美謹爾が梶田祖俊と共謀の上、昭和二十五年五月二十日頃から同月三十日頃迄の間静岡県志太郡吉永村、相川村、同県榛原郡吉田町等に於て、杉本久一(他十八名氏名省略)に対し且同人等を通し(右杉本久一については同人から杉本角平(外十四名氏名省略)に対し且更に同人等を通し)右杉本久一外合計約二百六十五名に各一枚宛頒布し、(三)同年五月九日から同月十六日迄の間、静岡県志太郡藤枝町、稲葉村、大洲村、葉梨村、岡部町等に於て、鈴木祖光(外四名氏名省略)に対し及び同人等を通し右鈴木祖光外合計三十名に各一枚宛頒布した旨を認定しているのでありますが、右記載自体によつてもあきらかな様に、斯る事実摘示を以てしては、犯罪事実の特定は全く為されていないのであるに拘らず、原判決が前(二)及び(三)に摘示した各事実を以て夫々一個の犯罪として認定しているのは、左に述べる様にあきらかに理由にくいちがいがあるものと思料いたします。

一、原判示の様に事実摘示を為すに当つて、漫然且つ漠然と犯罪日時を「何年何月何日頃から何月何日頃の間」とし、犯罪場所を数箇所羅列し、行為の対象である人の氏名を十数名或は数名列挙するという方法では、何日の犯罪が如何なる場所で何人に対して又如何なる方法でなされたかということは全然不明であつて、唯それだけの記載ではAの日にBの場所でCに対して為された行為であるとも解されるし、或はA´の日にB´の場所でC´に対して為されたものとみることも出来るであろうし、其の他無数の組合せによつて無数の犯罪行為がなされているものと解するの外なく、斯くては被告人伊久美の犯罪は全く特定せられておらないことに帰し、従つて同被告人はたとえ右判決が確定したとしても、右に述べた様な別個の組合せによる全く新たな犯罪事実の嫌疑を受けて重ねて起訴されるかも知れないという所謂二重の危険にさらされているのであります、従つて斯る場合は起訴状及び原審第五回公判期日に於ける変更訴因に於て示されている様に、犯罪一覧表の様なものに個々の犯罪を記述して各事実の特定を為すべきであつたに拘らず、こんな怠つた原判決は理由にくい違いがあるものとみるべきであると信じます。

二、仮りに前段に述べた様な組合せの一つを採つて、例えば(A)五月二十日に吉水村で杉本久一を通して杉本角平に、及び(A´)五月二十一日に相川村で村田重市を通して某に各頒布したものとするならば右(A)と(A´)との行為は、連続犯の規定が削除せられた今日では、両者集合して一罪を構成するものと解することはできず従つて此の場合は犯罪の日時、場所、行為の対象を全く異にする数個の犯罪が含まれているものと解すべきであると思料いたします。

然るに原判決が判示第二(二)及び(三)の各事実を以つて夫々集合的な一罪とし、而も(二)の事実につき犯情最も重きものとして懲役刑を選択しているのはこれ亦明かに理由にくい違いがある場合に該当するものと信じます。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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